イスラーム(イスラム教)の概要

イスラームの概要

◇イスラームの用語
  宗教の名称: (旧)「イスラム教」「イスラーム教」「回教」「マホメット教」⇒ (新)「イスラーム」
  信者の呼称: (旧)「イスラム教徒」「イスラーム教徒」「回教徒」⇒ (新)「ムスリム」
  教祖の名前: (旧)「マホメット」 ⇒ (新)「ムハンマド」
  聖典の名称: (旧)「コーラン」  ⇒ (新)「クルアーン」
  聖地の地名: (旧)「メッカ」   ⇒ (新)「マッカ」

Ⅰ 「旧約聖書」から生まれた宗教

 1 「信仰の父」とされるアブラハムの子孫
  
    正妻 サラ
       ⊩————— 第二子 イサク ………… 子孫 ダビデ(猶太教=ユダヤ教) ………… 子孫 イエス(基督教=キリスト教)
   アブラハム
       ⊩————— 第一子 イシュマエル ………… 子孫 ムハンマド(イスラーム)
    副妻 ハガル

 2 「旧約聖書」の宗教

  旧約聖書 → タルムード   →   新約聖書       → クルアーン
           ↓            ↓              ↓
         猶太教(ユダヤ教)   基督教(キリスト教)   イスラーム

 3 イスラームの「六大預言者」

   ① アダム    ……………… 「アダムとエバ」のアダム、最初の人間
    → ② ノア    ……………… 「ノアの方舟」のノア、現在の全人間の祖
     → ③ アブラハム  ……………… 「信仰の父」のアブラハム
      → ④ モーセ    ……………… 「出エジプト」「十戒」のモーセ
       → ⑤ イエス     ……………… →「基督教」
        → ⑥ ムハンマド   ……………… →「イスラーム」

 4 「啓典の民」

  神の啓示である「旧約聖書」を共通にしているので、
  イスラームは、猶太教(ユダヤ教)・基督教(キリスト教)・イスラームの信者を「啓典の民」と呼ぶ。

Ⅱ 日本人とイスラーム

 1 不十分なイスラーム理解
     根底にある日本人の無宗教
     メディアによる誤った報道
     欧米経由で偏向された知識

 2 日本人とイスラーム
     1917年ロシア革命により、ロシア領内トルコ人の国外退避
     満州帝国を経て日本に避難、東京在住
     1938年、日本政府の援助でモスク建設(東京ジャーミー)

Ⅲ イスラームの基礎知識

 1 神の名
    「アッラー(الله)」は、「神」という意味のアラビア語。
    したがって、「アッラーという神」「アッラーの神」という表現は誤り。
      旧約聖書(ヘブライ語)の「エロヒーム」、新約聖書(ギリシャ語)の「セオス」、
      ウルガタ(ラテン語)の「デウス」、独語「ゴット」、英語「ゴッド」などと同じ「神」。
 
 2 イスラームの用語
    「モスク」「ジャーミウ」=「膝を屈める所」= 礼拝施設
    「ウンマ」= 信者の共同体。基督教のような教団や教派はなく、教職者もいない。
    「ナビー」= 預言者。神の言葉・神の法を委ねられた者。「予言者」ではない。
    「最後の預言者」= ムハンマド(c570年マッカ(メッカ)生まれ。12人の妻の一夫多妻)
    「六大預言者」= ①アダム、②ノア、③アブラハム、④モーセ、⑤イエス、⑥ムハンマド
    「五大預言者」= ①ノア、②アブラハム、③モーセ、④イエス、⑤ムハンマド

 3 「六信五行」
  ⑴ 「六信五行」とは
      6つを信じ(六信)、5つを行う(五行)という、ムスリムの義務。
  ⑵ 「六信(イマーン)」
    ⅰ 「神(アッラー)」   唯一神(猶太教・基督教と共通)
    ⅱ 「天使(マラーイカ)」 猶太教・基督教と共通
    ⅲ 「啓典(クトゥブ)」  クルアーン+旧約聖書+新約聖書の一部
    ⅳ 「使徒(ルスル)」   旧約聖書・新約聖書の預言者など
    ⅴ 「来世(アーヒラ)」  諸宗教に共通
    ⅵ 「定命(カダル)」   現世の全出来事は神が予め定めたもの
  ⑶ 「五行(イバーダート)」
    ⅰ 「信仰告白(シャハーダ)」 次の2点を口に出して告白
         ①「神のほかに神なし」
         ②「ムハンマドは神の使徒なり」
    ⅱ 「礼拝(サラート)」    1日5回の礼拝
    ⅲ 「喜捨(ザカート)」    貧者への喜捨
    ⅳ 「断食(サウム)」     断食月の昼間の飲食などの禁止
    ⅴ 「巡礼(ハッジ)」     聖地(マッカ)への巡礼

  ⑷ 「サラート」(礼拝)
   ⅰ 礼拝の回数
      毎日5回、それぞれの場所で行う。
      ① ファジュル  夜明け前
      ② ズフル    正午過ぎ
      ③ アスル    影と本体とが同じ長さとなる時
      ④ マグリブ   日没後
      ⑤ イシャー   夜
   ⅱ 礼拝の方法
      額・両掌・両膝・両爪先の7点を地に着けて行う拝礼の方法による。
      「サジュッダ(平伏礼)」と呼ぶ。
      額・両手・両膝を地に着ける密教の「五体投地」と同様。
   ⅲ 礼拝の方向
      「キブラ」(マッカのカアバ神殿の方角)に向って拝礼する。
      世界中どこにいても、常に、同じ一点に向かって拝礼する。
      旅行中は、キブラの方角を確かめる磁石が必要。
      礼拝所では、「ミフラーブ(凹壁)」によって、キブラの方角を示している。

  ⑸ 喜捨・断食・巡礼
   ⅰ 「喜捨(ザカート)」
       財産に応じて喜捨をすることが義務。
       喜捨の使途は、専ら貧者・孤児・寡婦の援助。
       教団や教職者はないので、その維持や活動の経費ではない。
       日本の神社神道・仏教寺院・基督教会とは異なる。

   ⅱ 「断食(スィヤーム)」
       ラマダン月に、日の出前から日没まで、一切の飲食を断つこと。
       日没後に食事をする。24時間・一月間「飲まず喰わず」ではない。
       唾を飲むのも、喫煙・性交・自慰射精も禁止される。
       ただし、病弱者は免除され、妊婦・旅行者・兵士は後日に延期される。
   ⅲ 「巡礼(ハッジ)」
       年に一度、巡礼月の8日〜10日に、マッカの「カーバ」に巡礼する。
       「カーバ」とは、黒い布で覆われた石造建築物。
       その大きさは、長さ12m・奥行10m・高さ15mの立方体。
       その中には何もない。
       したがって、世界中の礼拝が向けられているが「偶像礼拝」ではない。

 4 礼拝施設
   ⑴ 「マスジド」
      礼拝所・礼拝堂のこと。
      仏語では「モスク」と読み、英語も「モスク」。
      トルコ語では「ジャーミー」という(「東京ジャーミー」など)。
   ⑵ 礼拝堂の外部
    ⅰ 「ミナレット(尖塔)」  礼拝の時間を知らせる。
    ⅱ 「ミーダーア(水場)」  礼拝前に身体を浄める。
   ⑶ 礼拝堂の内部
      神像・聖画などは一切ない(偶像礼拝の禁止)。
      形象化されたアラビア文字は多くある。
      広間となっていて、祭壇はなく、椅子や机もない。
      特徴的なのは、「ミフラーブ(凹壁)」と「ミンバル(説教壇)」。
      「ミフラーブ」は、「キブラ」の方角(拝礼の方角)を示す、壁の凹み。
      「ミンバル」は、説教者が語る壇。

 5 「ジハード」
   ⑴ 「ジハード」とは
       「努力する」という意味のアラビア語。
       日本では「聖戦」と報道されるが、元々「戦争」という意味ではない。
   ⑵ 「ジハードはムスリムの義務」か?
       「六信五行」にないから、ムスリムの義務ではない。
       義務というなら、個人の義務ではなく、ムスリム全体としての義務。
   ⑶ ジハードの決定
       ジハードは法学者の決定による。
       ジハードが決定されたことは、過去にもなく、現状ではありえない。
       ジハードを主張する過激派が少数派なのはそのため。

 6 女性の服装
   ⑴ 女性の服装の基本  頭髪・顔・体型を隠す。
   ⑵ 国別による違い
       中東では概して厳しいが、アジアでは概して緩やか。
       中東では黒色・茶色だが、アジアではカラフル。
       中東では外国人旅行者にも適用される。
   ⑶ 伝統的な服装の種類
       「アバーヤ 」  全身を覆う長いワンピース
       「ヒジャーブ」  頭から胸まで達するスカーフ
       「チャードル」  頭からかぶって全身を覆うコート
       「ニカブ」    目だけ出した顔覆い
       「ブルカ」    目の部分が網状の顔覆い
       「ブルキニ」   水着(「ブルカ」+「ビキニ」=「ブルキニ」)

 7 「ハラール」
   ⑴ 食の制限
      ⅰ クルアーンで禁止
      ① 飲酒 + ② 豚肉(豚骨・ラードなどを含む)
      ⅱ 国家法による禁止
      正式な手続を経ないで殺された動物の肉
   ⑵ 「ハラール」
      酒や豚肉そのものなら、容易に分かるから問題にならない。
      ラードや豚骨スープとなると、容易には分からない。
      その肉が正式な手続を経て作られたものか否かも分からない。
      そこで、ムスリムが「食べて良い食品」を表示する制度が生まれた。
      正式な手続で処理された肉などの食品であることを認証するもの。
   ⑶ ハラール認証の規則:
    ⅰ 原料の制限
      原料はもちろん、飼料までもが、ハラール食品のみであること。
      次のような豚肉の派生品でないこと。
       豚脂  乳製品・乳飲料・調味料など
       豚皮  ゼラチン・コラーゲン・サプリメントなど
       内蔵  酵素・医薬品など
    ⅱ 処理の制限
      認証を受けたムスリムが食肉の処理をすること。

    ⅲ 輸送の制限
      「ハラール食品専用車」によって輸送すること。
      ハラール食品以外の食品との混載は不可。
    ⅳ 調理の制限
      「ハラール料理専用」の調理場で行うこと。
      ハラール料理以外の料理と同一の調理場で行うことは不可。
      調理器具などを「アルコール消毒」することは不可。
    ⅴ 販売の制限
      「ハラール食品」は、他の食品と隔離して、陳列販売すること。
      スーパーマーケットでは専用のカートを使用すること。

Ⅳ イスラームの世界

                   * 数字はすべて概数

 1 ムスリムの世界人口
     約15億人
     世界人口の約20%(5人に1人がムスリム)
 2 ムスリムの国別人口
     インドネシア  2億 400万人  アジア
     インド     1億5700万人  アジア
     パキスタン   1億2500万人  アジア
     バングラデシュ 1億 700万人  アジア
     トルコ       6900万人  中東
     イラン       6800万人  中東
     ナイジェリア    6200万人  アフリカ
     エジプト      6100万人  アフリカ
     アルジェリア    3400万人  アフリカ
     モロッコ      2900万人  アフリカ
     エチオピア     2400万人  アフリカ
     サウジアラビア   2100万人  中東
     イエメン      1900万人  中東
     イラク       1800万人  中東
     ロシア       1500万人  ヨーロッパ
     シリア       1500万人  中東
     ウズベキスタン   1500万人  アジア
     マレーシア     1400万人  アジア
     アフガニスタン   1300万人  アジア
     タンザニア     1200万人  アフリカ
     マリ        1200万人  アフリカ
     ニジェール     1000万人  アフリカ
 3 ムスリム人口の分析
    上位4位はアジア。
    ヒンドゥ教のインドが3位。
    共産主義・儒教・道教の中国が9位。
    1位インドネシアは人口の9割以上がムスリムだが、国教ではない。
    インドネシアの隣国マレーシアは、ムスリムの人口比50%以下だが国教。

Ⅴ イスラーム法の基礎知識

 1 「イスラーム法国家」
  ⑴ 「イスラーム法国家」とは
     「シャリーア」を国法としている国家
  ⑵ イスラーム法国家
    ⅰ ペルシャ三国  イラン、アフガニスタン、パキスタン
    ⅱ 西アフリカ   モーリタニア
    ⅲ アラブ諸国には存在しない
  ⑶ トルコ
     トルコは、人口の98%がムスリム(ほぼ100%)だが、
     イスラームを国家原理とすることを否定する世俗主義をとっている。
     大臣や国家公務員などが宗教的服装や行為をすることを禁止している。
  ⑷ 「イスラーム法国家」と「イスラーム国家」
      イスラーム法国家とは、シャリーアを国法としている国家。
      イスラーム国家の国家法は、スラーム的ではあるが、シャリーアではない。
      したがって、イスラーム国家がイスラーム法国家とは限らない。
      誤解が多い!

 2 「シャリーア」
  ⑴ 「法」
      「シャリーア」とは、アラビア語で「法」という意味。
      したがって、「シャリーア法」というのは不適切。
  ⑵ 「水場に至る道」
      元々「水場に至る道」という意味から転じて、「法」という意味が生まれた。
      「神」から付与された「神の法」という性格。

 3 法学者と法学派
  ⑴ 東西の法意識
   ⅰ 東洋の法意識
      中国を中心とする東洋の世界では、皇帝が民を統治する手段が「法」。
      法の使命は民を動かす強制力・威嚇力にあると考え、秘密法典が最高。
      したがって、文字通りに厳格に適用するのが適切と考える。
      ゆえに、法の解釈は許さない、「文字通り適用」主義。
   ⅱ 西欧の法意識
      基督教社会においては、聖書を「神の法」と捉え、最高法規と考える。
      法は、文字に書かれ、予め公示されていなければならないと考える。
      法の正しい適用は神の意思と考え、適正な法の適用が求められる。
      神の意思にかなう法の適用を図るために「法の解釈」が求められる。
   ⅲ イスラームの法意識
      聖書を根底に据え、クルアーンを唯一の最高法規とする。
      基本的に、西欧の法意識と共通し、「法の解釈」を必要とする。
      西欧とは異なり、国家法を認めないので、法の解釈はより重要。
  ⑵ 「法学者」
   ⅰ 法の解釈
      文字に書かれた法を実社会に適用するのには、法の解釈が必要。
      法の解釈を担うのが「法学者」。
   ⅱ 法学派
      唯一の最高法は「クルアーン」。
      しかし……、クルアーンだけでは現実の社会に対応することは困難。
      クルアーン以外に「何を法源とするか」の違いから法学派が発生。
  ⑶ 「シーア派」と「スンニー派」
   ⅰ 「シーア派」
      シーア派は、イスラーム法について極めて厳格な立場をとる。
      「法源」は、第一法源と第二法源に限るとする。
      「法学者」は、アリーとアリーの子孫に限るとする。
      シーア派は、1割程度の少数派で、原理主義・神秘主義的な傾向がある。
      指導力が強く、過激派の生まれる素地ともなっている。
      イラン、シリア、イエメン、アフガニスタンなど、ペルシャ圏に多い。
   ⅱ 「スンニー派」
      スンニー派は、「シーア派」以外の立場で、圧倒的多数である。
      アリーの子孫以外の「法学者」を認め、広い幅がある。
      ハンバル派・マーリキ派・シャーフィー派・ハナフィー派に分かれている。
      過激な行動を好まず、統一と団結を重んじる傾向がある。
      対決を避け、合意点を見いだそうとする立場を取る。

 4 法源
  ⑴ 第一法源  「クルアーン」
          預言者(ムハンマド)を介して書かれた「神の言葉」「神の法」。
  ⑵ 第二法源  「スンナ」または「ハディース」
          「預言者の個々の伝承」が「ハディース」。
          「ハディース」に基づく「預言者の範例」が「スンナ(道)」。
  ⑶ 第三法源  「イジュマー」
          「イジュマー(決断)」は「法学者の合議の先例集」。
  ⑷ 第四法源  「キャース」
          「キャース(等置)」は「類似のもので評価」を意味する。
          「類推解釈」という意味。
          法学者の合議ができない地域で、法学者が単独で結論を出すこと。
  ⑸ 第五法源  「イスティヒフサーン」
          「イフティフィフサーン」とは「あるものを良いと看做すこと」。
  ⑹ 第六法源  「無記の福利」
          「無記の福利」とは「立法者が限定していない福利」の意味。
  ⑺ 第七法源  「慣習」
  ⑻ 第八法源  「イスティスハーブ」
          「イスティーハーブ」とは「併存していると考えること」の意味。
  ⑼ 第九法源  「イスラーム前の法」
  ⑽ 第十法源  「教友の意見」

 5 同害報復法(キサース)
  ⑴ 同害報復法とは?
     加害者が被害者に加えたと同じ害を加えて報復すること。
  ⑵ 同害報復とは?
   ⅰ 傷害罪であれば、
      加害者が被害者に加えた傷害と同じ傷害を加害者に加える。
      身体の一部を切り落としたのなら、同じ身体の一部を切り落とす。
      負傷させたのなら、同じ負傷を負わせる。
   ⅱ 殺人罪であれば、
      加害者が被害者を殺害したのと同様の方法で、死刑に処する。
      刺殺なら刺殺、絞殺なら絞殺、銃殺なら銃殺、……。
      自動車で轢き逃げなら、自動車で轢き殺す。
  ⑶ 適用される犯罪
     故意の殺人と傷害に適用され、過失の致死・致傷には適用されない。
     被害者(または遺族)の意思を確認して、判決で言い渡す。
  ⑷ 「ディア(血の代価)」
     被害者(または遺族)が報復を放棄した場合に適用される。
     加害者が被害者に「ディア」の支払いをすることで、同害報復を免除する。
     報復の連鎖を終始させる方法として推奨されている。

参考文献

 櫻井圀郎「イスラームから考える宗教と国家」『基督神学』2003年15号
 櫻井圀郎「イスラームと日本人」共立基督教研究所・2002年
 櫻井圀郎「イスラームは危険な宗教か?」『編集会議』2003年3月号
 櫻井圀郎「シナゴクとモスクの神礼拝」共立基督教研究所(2010年)
 櫻井圀郎「イスラームとイスラーム法」宗教法制研究会・2015年