宗教活動

宗教法人

【 目 次 】
Ⅰ 「信教の自由」の保障
Ⅱ 宗教活動の基礎
Ⅲ 宗教活動と法律
Ⅳ 宗教活動と倫理
Ⅴ 宗教とは
Ⅵ 21世紀の宗教
Ⅶ 宗教と終末思想

【トピックス】
・ 「令和」の宗教的意味
・ 『信教の自由と宗制・宗規』の発行
・ 「国法と宗教法人の自治規範との対立・調整に関する研究」の問題点

Ⅰ 「信教の自由」の保障

  1 法律の規定

     ⑴ 日本国憲法20条1項前段

「信教の自由は、何人に対しても、これを保証する。」

     ⑵ 宗教法人法1条2項前段

「憲法の保障する信教の自由は、すべての国政において尊重されなければならない。」

     ⑶ 宗教法人法84条

「国及び公共団体の機関は、(中略)宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し、信教の自由を妨げることがないよう特に留意しなければならない。」

  2 信教の自由

     ⑴ 法律上の規制

「信教の自由」の観点から、「宗教の教義」「宗教活動」「宗教団体」「宗教専門職」「宗教の信者」「宗教の信仰」などに関しては、「法律上の規制」はありませんし、「行政機関の関与」もありません。

     ⑵ ただし、制約はある

「何をしても許される」ということではありません。

     ⑶ 何を主張しても良い

「宗教の教義」として何を主張しても構いません。
ただし、具体的な行為・行動では、「宗教」という点からではなく、個々の行為については、個別の法律の規定が適用されることがあります。

     ⑷ 例えば、

「右は聖、左は俗・汚れ」という教えには、何ら問題がありません。
しかし、その教えに基づく聖なる行動の実践としてであっても、日本の公道を自動車で右側通行することは許されません。

  3 「信教の自由」を守る

     ⑴ 一人ひとりの「信教の自由」

㋑ 「信教の自由」は、一人ひとりの個人的なものであり、私的なものです。
㋺ 「宗教の信仰」は、宗教専門職や他の信者の助けがあったとしても、最終的には、各人と神仏との一対一の関係です。
㋩ 「宗教の信仰」は、各人が、自己の意思のみに基づいて、自由に判断し、自由に決定し、自由に表明しまたは秘匿し、自由に守り、自由に改め、自由に棄てうるものです。
㋥ これらを保障することが「信教の自由」を守ることです。

     ⑵ 宗教団体の「信教の自由」

㋑ 宗教団体の「信教の自由」は、一人ひとりの「信教の自由」(個人の「信教の自由」)の基礎の上に立っています。
㋺ したがって、個人の「信教の自由」が否定され、制約され、禁止されるところに宗教団体の「信教の自由」は成立しません。
㋩ 宗教団体の「信教の自由」とは、専ら神仏の意思に基づいて、神仏を崇敬礼拝し、布教伝道し、宗教職・宗教専門職を指導養成し、信者を教化育成し、宗教団体を組織運営することです。

     ⑶ 宗教職・宗教専門職の「信教の自由」

㋑ 宗教職・宗教専門職は、専ら神仏に仕えるため出家・献身・脱俗した者であって、専ら神仏の意思に基づいて、宗教活動を実践し、宗教団体を組織運営する者であり、信者の「信教の自由」および宗教団体の「信教の自由」を具現する者です。
㋺ 宗教職・宗教専門職は、個人として個人の「信教の自由」を保有しながら、信者の「信教の自由」および宗教団体の「信教の自由」を具現する者として、より高度な「信教の自由」が保障された者です。
㋩ 宗教職・宗教専門職は、高度な「信教の自由」を有する者として、自ら、高度な「信教の自由」を実践しなければなりません。

     ⑷ 「信教の自由」を守る

㋑ すべての人は、自己の信仰を貫く「信教の自由」を有します。
㋺ すべての人は、他人の信仰を尊重し、誹謗中傷し、否定禁止しない「信教の自由」を守る義務を有します。
㋩ すべての人は、自己の信仰する宗教を最高に尊重する「信教の自由」を有します。
㋥ 自己の「信教の自由」を主張する者は、それと同時にかつそれと同様に、他人の「信教の自由」を守ります。
㋭ 他人の「信教の自由」を否定することは、自己の「信教の自由」の否定につながるからです。
㋬ したがって、宗教の信仰者は、自己の信仰を高揚すると同時に、それと同様に、「信教の自由」として、他人の信仰を尊重します。

     ⑸ 「信教の自由」と宗教

㋑ 現代日本社会における「信教の自由」とは、多数の宗教、宗派、教派、教団、教義、教理、信条、実践などの存在を前提としています。
㋺ 宗教団体・宗教者として特定の宗教的主張をするのは当然の「信教の自由」ですが、特定の宗教的主張のみを是とし他を否とするのは「信教の自由」の否定です。
㋩ 宗教団体・宗教者は、自己の宗教内においては当然であるとしても、「信教の自由」として、他者との関係においては、互いに、一定の程度で、他者を理解し、尊敬します。
㋥ すべての人は、「信教の自由」の実践として、信仰の有無を問わず、境内地・境内建物・宗教の施設内においては、神仏や宗教施設に対して相当の敬意を払います。人間社会においても、他人に対して相当の敬意を払うのと同様です。
㋭ ただし、すべての人は、「信教の自由」として、いかなる場所においても、いかなる時でも、自己の信仰を堅持します。

  4 「信教の自由」と「個人情報」

     ⑴ 「個人の自由」

㋑ 「信教の自由」は、一人ひとりの個人的なものであり、私的なものです。
㋺ 当然、「個人情報」との関わりが重要です。
㋩ 確実な「個人情報の保護」のないところに「信教の自由」はありません。

     ⑵ 保護の必要な宗教に関する「個人情報」

㋑ いかなる宗教を信じているか。
㋺ いかなる宗教施設に出入りしているか。
㋩ いかなる宗教団体に喜捨・寄進・布施・献金などしているか。
㋥ いかなる宗教書を読んでいるか、購入しているか。
㋭ いかなる宗教の集会に出席しているか、閲覧・聴取しているか。
㋬ いかなる宗教用品・祭具・仏具・神具などを購入しているか。
㋣ いかなる宗教関連の旅行をしているか。
㋠ いかなる宗教関連のウェブサイトを閲覧し、SNSに参じているか。
㋷ いかなる宗教関連のテレビ番組を見、ラジオ放送を聞いているか。

     ⑶ 個人情報から危惧される宗教弾圧

㋑ 第一に、家族内・親族内での、宗教弾圧が心配されます。
㋺ 第二に、地域社会・学校内・企業内・職場内での、宗教差別や宗教弾圧が心配されます。
㋩ 第三に、就職・採用・昇進・転勤・職務分担など、雇用関係での、宗教差別が心配されます。
㋥ 第四に、災害救援、救急援助、行政助成、司法補助、公共利用、公益使用など、広い範囲での宗教差別につながりかねません。
㋭ 第五に、国家的なレベルでの、宗教差別や宗教弾圧に至るおそれが危惧されます。

     ⑷ 個人情報から展開される営業など

㋑ 個人の宗教的立場や宗教的関心を知ることから、容易に、その人に向けた営業が展開されえます。
㋺ 個人の宗教情報を第三者に転売する営業も生まれるでしょう。
㋩ さらに、その情報を基にした詐欺的商法も行われる危険があります。

Ⅱ 宗教活動の基礎

  1 宗教の教義

     ⑴ 「宗教活動」の基礎

「宗教活動」の基礎は、何と言っても、「宗教の教義」「宗教の教理」です。

     ⑵ 「宗教の教義」「宗教の教理」の重要性

「宗教の教義」「宗教の教理」がしっかりしていないと、永続的な宗教活動の展開が困難になりますし、何か問題が生じたときには、存続の危機に陥ってしまいます。

     ⑶ 宗教団体での確立

「宗教の教義」「宗教の教理」は、教派・宗派・教団などでの確立はもちろん必須ですが、各個の宗教団体での確認も欠かせません。

     ⑷ 歴史ある宗教団体

歴史ある宗教団体においては、伝統・伝承・慣習・慣例によって保たれてきていますが、それを「文字化する」ことは、宗教団体のためにも、宗教職・信者のためにも、第三者のためにも有益です。

     ⑸ 今、世界は変わっています。

「変化の時代」の中にあって、「確固たる宗教団体」を表明し、「宗教活動を不変」に展開するためにも重要です。

     ⑹ 相談受付

当事務所は、「宗教の教義」についてのご相談をお受けします。

  2 宗教団体の設立

     ⑴ 宗教団体

「宗教団体」とは、神社・寺院・教会・修道院・布教所・道場など、具体的に宗教活動を展開する組織や施設のことをいいます。

     ⑵ 世俗団体とは異なる

「宗教団体」は、世俗の団体とは異なります。
「社団」や「財団」に限るものではありません。
「宗教の教義」に基づき、種々のものが想定されます。

     ⑶ 基礎となる「宗教の教義」

「宗教の教義」に基づいて、具体的な宗教活動を、組織的・体系的に、一貫して、永続的に展開するには、明確な「宗教団体の設立」が必要です。

     ⑷ 宗教性と社会性

宗教の特殊性はありますが、社会性の側面も重要です。

     ⑸ 求められる団体性

できる限り、組織の内容や運営の透明性が求められますし、社会に向かっての広報体制、人事や財務の明確性、問題があった場合の責任体制、非常事態の危機管理体制などを考慮しなければなりません。

     ⑹ 相談受付

当事務所は、「宗教団体の設立」についてのご相談をお受けします。

Ⅲ 「宗教活動」と法律

  1 宗教団体の宗教活動

     ⑴ 「宗教活動」とは、

①  宗教の教義をひろめ(布教・宣教・伝道など)、
②  儀式行事を行い(祭典・礼拝・祈祷など)、
③  および信者を教化育成することをいいます(宗教法人法2条)。

     ⑵ 「宗教活動」は、

高度に「信教の自由」が求められることなので、「宗教団体」の主たる目的とされ(宗教法人法2条)、法律の規定に従う「宗教法人」の事業ではありません。

     ⑶ 「宗教法人」は、

あくまでも「財産管理」など「世俗の事務」を行うことが目的です(宗教法人法1条1項、行政通達)。

     ⑷ 「宗教法人」は、

①  「公益事業」、②  「収益事業」を行うこともできます(宗教法人法6条)。

  2 宗教活動と法律

     ⑴ 「宗教活動」は、

世俗から分離された「聖なる活動」ではありますが、「宗教活動」を構成する個々の行為には、各種の法律関係が絡んでくることもあります。

     ⑵ 宗教活動に絡む法律の規定には、

当該行為を規制するものもあれば、宗教活動や宗教団体・宗教職・信者などを保護するためのものもあります。

     ⑶ 宗教活動に絡む法律上の規定には、

国家や社会との関係にかかるものもあれば、個人や企業との関係にかかるものもあり、地球環境や人類の保護に関するものもあります。

     ⑷ 宗教団体が宗教活動を展開するに際しては、

さまざまな法律関係があることを認識し、「法律の規制に下る」という意味ではなく、「法律を超える」という意味で、法律上の問題を精査しておくことは、有益ですし、必要です。

     ⑸ 相談受付

宗教活動に絡む法律上の諸問題については、当事務所にご相談ください。

Ⅳ 宗教活動と倫理

  1 正義と倫理の基礎

  2 宗教活動の倫理

  3 宗教職の倫理

     ⑴ 宗教職に求められる知識・経験

㋑ 宗教に関する十分な知識・経験があること……、宗教職に、当然に、求められる「宗教職の要件」です。
㋺ 必要な宗教に関する知識としては、自己の属する宗教については当然、他の宗教や宗教一般についても、現在の社会的な問題についても、求められています。

     ⑵ 宗教職の「最大の倫理違反」「究極の義務違反」

㋑ 宗教職に求められる必要な知識を有しないこと……、それが、宗教職の「最大の倫理違反」「究極の義務違反」です。
㋺ 宗教職とは、「究極の真理」を説き、「永遠の生命」を呈示し、「人の生き方」を教えるなどを専門とする者ですから、多くを求められるのも当然です。
㋩ 宗教職が、「自分には知識がない」と言うことは、信者・求道者・来訪者などの期待を裏切ることになります。

     ⑶ 宗教職に必要な研修

㋑ 専門職の研修
弁護士・司法書士・行政書士・税理士など、多くの専門職では、業務研修や倫理研修が義務化されています。
㋺ 宗教職の研修
残念ながら、宗教職の研修は、まだまだです。
もっぱら、宗教職個人の見解と意識に基づいていますが、今後、宗教団体として、宗教職の研修を制度化していく必要があります。
㋩ 求められる宗教職の研修
Ⓐ 宗教職の属する宗教に関する定期的な研修
Ⓑ 他の宗教や宗教一般に関する研修
Ⓒ 宗教に関する法律・社会現象・社会状況に関する研修
Ⓓ 宗教職の倫理に関する研修
Ⓔ 宗教活動や宗教団体の事務に関する研修

宗教活動

Ⅴ 「宗教」とは

  1 「宗教」の定義

     ⑴ 「百の定義」

「百人の学者がいれば、百の定義がある」と言われています。
かつて、文部科学省では、宗教の定義を集めましたが、「定義できない」という結論に至ったようです。

     ⑵ 「主観的定義論」

当事務所の主張は「宗教の主観的定義論」です。
自ら「宗教」と主張するものを「宗教」とし、自ら「宗教でない」というものを「宗教でない」とするものです。

     ⑶ 「永遠と時空」

とはいえ、何の根拠もないのではなく、基礎となるがあります。
それが「永遠」と「時空」です。

     ⑷ 「神仏と人間 」

「永遠の神仏」と「時空下の人間」との関係……、それが「宗教」です。

     ⑸ 「宗教活動」

宗教活動の基本は、「礼拝」「伝道」「教育」です。
「礼拝」とは、「永遠の神仏」への「信仰」「礼拝」「崇敬」の表明です。
「伝道」とは、「時空下で悩める人間」の救済の呈示です。
「教育」とは、「永遠の神仏と時空下の人間」の関係を深めることです。

  2 宗教のアナログとデジタル

     ⑴ デジタル教義のアナログ理解

宗教の教義・神仏の教理は、本来、デジタル的なものですが、人間は、それをアナログ的に理解し、説明してきました。

     ⑵ 人間の理解の限界

永遠の神仏を、時空下にある人間が理解するには、修行、悟り、体感など、アナログ的な方法によらざるをえません。

     ⑶ 適切なアナログ

人間の苦悩、心情、心理、感情などを理解し、愛、心、信、救いなどのメッセージは、アナログが適しています。

  3 宗教のデジタル展開

     ⑴ アナログ軽視の現代

現代社会は、是非は別にして、アナログ的なものを軽視し、デジタル的なものを評価する傾向があります。

     ⑵ 宗教軽視の現代

それが、アナログ的に解された宗教を軽視・否定し、神仏を否定し、人間性を喪失した機械的な思考形態を生み出し、苦悩と疲労に満ち、解決策を失った、辛い人生観を生み出しています。

     ⑶ 教義のデジタル化

デジタル的な思考に深まった現代人に宗教を展開するには、宗教の教義・教理をデジタル的に説明し、修行・信仰・救拯などをデジタル感覚化する必要があります。

  4 宗教活動のデジタル展開

     ⑴ 宗教活動のデジタル化

現代社会のニーズに応じて、宗教活動のデジタル展開も進んでいます。

     ⑵ 宗教活動と宗教

ただし、あくまでも「宗教活動」であって、「宗教」ではありません。
「宗教活動」は、デジタル展開が可能ですが、「宗教」をデジタル化することはできません。

     ⑶ ウェブ宗教の可否

宗教活動の一部は、ウェブで展開することも可能ですが、それは「宗教」そのものではありません。その点の認識と判断は欠かせません。

  5 架空のウェブ世界と現実世界の宗教

     ⑴ 仮想空間と現実世界

コンピュータによって作り出された世界は、「架空・仮想の世界」ですが、「宗教」は、現実の世界です。

     ⑵ 宗教と非宗教の区別

「宗教」と「非宗教」との判断基準は、「仮想か、現実か」の区別です。

Ⅵ 21世紀の宗教

  1 宗教の危機・違法不法な業者

     ⑴ 過疎地・限界集落

人口の高齢化や住民の減少により、伝統的な神社・寺院・教会などの存続が危ぶまれています。

     ⑵ 後継者難

あらゆる職種で後継者難が叫ばれていますが、宮司・住職・牧師など宗教専門職の後継者難も深刻です。

     ⑶ 業者の介入

宮司・住職・牧師などの地位を売買し、宗教法人を売買する、違法不法な業者が介入してきます。

  2 宗教意識の希薄化・宗教の世俗化

     ⑴ 無神論の拡大

神仏への畏れが薄れ、人間中心の考え方が広がっています。

     ⑵ 葬儀・埋葬

人間を物と同視する唯物感が蔓延し、個人の葬儀や埋葬を否定する人が増えています。

     ⑶ 宗教の商業化

宗教活動を商品とし、金銭で販売する業者が現れ、人間の心や信仰を欠いた、金銭取引の対象とされています。

  3 宗教の転換・新しい展開

     ⑴ 宗教の転換

伝統的な宗教活動や宗教団体の運営に見直しが迫られています。
社会思潮に流されるのではなく、宗教の本義を貫く、宗教の転換が必要とされています。

     ⑵ 新しい展開

今の時代に必要な宗教の展開が求められています。
ただし、世俗化された社会に迎合し、信仰や心を捨てた経済活動に堕してはいけません。
あくまでも、神仏の御意や教義教理の本旨を貫く、宗教の本義を展開しなければなりません。

     ⑶ 当事務所では、

宗教団体の現在の状況を宗教の本旨に従って診断し、吟味検討します。
宗教団体の近未来を見越した、組織制度の改革案を提示します。
宗教の本来の姿を再構築することについて、相談・助言・企画・協力します。

Ⅶ 宗教と終末思想

  1 宗教の終末思想

     ⑴ 個人の終末論

㋑ この世に生まれた人間は、例外なく、必ず、死にます(「人間の生と死」)。
㋺ 古来、多く宗教者は、この事実を深刻に受け止め、神の啓示を受け、仏の悟りを得、難行苦行や深い修行を通して等々、人間の死および死後の問題を考えてきました(「個人の終末論」)。
㋩ 多くの宗教において、人間の死および死後についての教理教義が整えられ、宗教の教えや行為・行動の重要な項目とされています。
㋥ 人間の死および死後に関して、法律上の手続きや社会の儀礼などとして行われるもの(死の準備、葬送儀礼、墳墓、礼拝法要など)も、宗教の基礎としています。

     ⑵ 世界の終末論

㋑ 多くの宗教では、世界や歴史には「始めがあり、終わりがある」とし、世界や歴史は終末に向かって動いていると考え、世界や社会には混乱困窮し、暗黒化の傾向があると考え、混乱の社会・困窮の人民・暗黒の世界における神仏の救済を求めるなどの教理教義を持っています(「世界の終末論」)。
㋺ 永遠無限の神仏や聖なる世界に対して、有限の時空下にある人間の世界・この世・現世との対比から、現世の問題点を直視し、それに対応して生活し、聖なる世界を目指す、重要な宗教活動となっています。
㋩ 現世の諸問題は、現世内的には不可視でも、超現世的には可視となると考えられ、諸問題の解決や有用有益な行動指針の展開をもたらしています

     ⑶ 末法思想

㋑ 多くの宗教においては、神仏から齎され、聖者・尊者・預言者らによって開示され、宗教の実践を通して形成された宗教の教え(「法」)も、時代の経過とともに人心から忘れられ、衰退し、世界の混乱・困窮・悪化・暗黒化を招いてしまうと考えられています。
㋺ 末法の時代には、人々の愛が冷え、利己心がはびこり、他人を害して自己を利し、敵対心が大きくなり、平然と他者加害が行われ、人々の道徳心が低下し、倫理は崩れ、社会の秩序は乱れ、闘争・紛争・戦争が勃発し、犯罪や非道が蔓延化すると考えられ、宗教的対応が求めらます。
㋩ 宗

  2 宗教と非宗教

     ⑴

人。。
宗。

  3 「私は今日、林檎の木を植える」

     ⑴ 宗教改革者ルター

「もし、明日が世界の終末だとしたら、あなたは今日、何をするか?」との問いに対して、ルターは「私は今日、林檎の木を植える」と答えたとされています。

     ⑵ 「今日、林檎の木を植える」意味

㋑ 「明日」が世界の終りだとしたら、「今日」林檎の木を植える意味はありません。
㋺ 日本人的には、入浴して体を清め、神仏に祈りながら心を鎮め……、という対応が想起されそうです。
㋩ 仮に明日が終末だとしても、動揺することなく、いつものように平然と行動することを意味しています。

     ⑵ 「終末的現代」として生きる

㋑ そのためには、常日頃、「明日が終末だとしたら」と意識しながら、心身を正して生きることが必要です。
㋺ 「世界の終末」は日時を予告されては到来しませんから、常日頃の生き方が重要です。
㋩ 「明日が世界の終末」と考えて、自己の心身を正し、自己の役割を果たし、自己の責任を全うして、「今日の生活」を送ることが求められています。

3 「令和」の宗教的意味

⑴ 「令」の字は、「亼」と「卩」とから成っています。
⑵ 「」とは、「 人の集まり」「人を集める」「人の集まる場所」を意味し、「」とは、「 人が膝を折ってひざまづく」「人が祈る」「祈り」を意味しています。
⑶ したがって、「」とは、「 人が集まって祈ること」や「人が集まって祈る場所」を意味します。
⑷ また、「」の字は、「 人の声に応じて合わせる」「心を合わせて和らぐ」を意味しますから、「令和」とは、「 人が集まって祈り、心を合わせて和らぐこと」を意味することになります。
⑸ その意味では、「宗教の時代」を意味しているようです。
⑹ 『角川漢和中辞典』を参考にしました。

2 『信教の自由と宗制・宗規』

2019年7月1日、大本山相国寺と京都仏教会の共同により、「国法と宗教法人の自治規範との対立・調整に関する研究」に関する研究会の記録が、『信教の自由と宗制・宗規』として、出版されました。

1 「国法と宗教法人の自治規範との対立・調整に関する研究」の問題点

 ⑴ 「日本には教会法がない」?

本研究は、「諸外国にある教会法が日本にはない」ということを前提としていますが、全く根拠のない「大嘘」です。
当然のことながら、諸外国と同様、日本においても、「教会法」は厳然として機能しています。
カトリック教会においては、諸外国と全く同一の、教皇令による「(カトリック)教会法」が適用されており、研究教育がされています。
プロテスタント諸教会においては、「教会法」「教会憲法」「教憲教規」「教会規程」「政治基準」など、教派教団により呼称は種々ですが、制定・適用され、研究教育され、信徒・役員・教職者の研修対象とされています。

  ⑵ 一例として、日本長老教会の場合

プロテスタント教会の一例として、小職の所属する日本長老教会の実例をあげます。
「日本長老教会法」は次のように分類されています。
神定法(広義の教会法)
旧新両約聖書
ウェストミンスター信仰規準(信仰告白、大教理問答、小教理問答)
三原則(改革主義、長老政治、独立自治)
人定法(狭義の教会法)
憲 法  政治基準  憲法総則
憲法各則
憲法細則
訓練規定
礼拝指針
大会法(憲法以外の大会法) 規準
中会法  規程
小会法
教会法は、教理・信仰、入信・洗礼・信徒指導、教会形成、教会運営、教師・牧師制度、長老・執事制度、信徒制度、伝道・牧会・教育など、一切の活動の基礎となり、規範となります。
教会法は、神学の一分野として、大学神学部・神学校で講義されており、教職者の資格審査の要件となり、長老任命の要件となり、信徒教育の一つとなっています。

 ⑶ 「日本には教会法がない」とする根拠

なんと驚くことに、「日本に教会法がない」という根拠は、「諸外国では一般の本屋さんで売られている『教会法』という本が日本の本屋さんにはない」という一事なのです。
全く研究者の資質に欠けますし、それを許可した学術振興会の審査そのものに疑念が持たれます。
例えば、日本長老教会内では『日本長老教会法』という本が頒布されています(他の諸教団においても同様)が、一般の出版物として販売することはどの出版社にも引き受けられていません。
カトリック・プロテスタント合わせて1%の基督教であり、世界では20万(日本でも150以上)にも別れているプロテスタントでは、経営的に見合わないからです。

 ⑷ 教会法は神学の分野である

全く誤解されていますが、教会法は、公開された規則ではありません。
あくまでも、信仰の対象である神仏の意思に従い、神仏の意思を行うために定められたものであり、世俗の諸団体のように、「人」が定めたものではなく、あくまでも「神仏」の意思の具現化なのです。
当然ながら、基督教では神学の分野ですが、他の諸宗教においても同様に教学上の問題であるはずです。
法律の解釈は万人誰でも可能であるとはいえ、法律学の素養を積んだ者に許されるのと同様に、聖書や経典を含め教会法もだれでの解釈可能ですが、神学や各宗教の教学を履修もしていない者に許されるものではありません。

 ⑸ 国法と対立するのが当然な教会法

あえて逆らうわけではありませんが、教会法は、国法と対立することを厭いません。
宗教は国家の統治下にあるわけではなく、教会法は国法の下にあるわけではないからです。
とりわけ、日本伝来から近年まで、厳しい拷問や残虐な処刑など言語を絶する弾圧を受けてきた基督教においては、「国法との調整」などなどありえないことです。
日本の宗教のほとんどは、国家や時の政権による差別や弾圧・没収、宗教統制などを経験してきましたから、「国法との調整」に承服できないのは当然です。

 ⑹ 「宗教法人の自治規範」とは?

関係者の話を聞くと、当初、日本宗教連盟に本研究の協力要請があった際、「『宗教法人の自治規範』とは所轄庁に提出している規則のこと」との認識があり、「宗教法人の協力が得られなかったとしても、所轄庁が保有しているもので研究ができる」という含みがあったようです。