厚生年金の加入義務とは?

年金

厚生年金の加入義務とは?

社会保険労務取扱=特例行政書士 櫻井圀郎

1 年金機構から突然に送られてきた「督促状」

全国の宗教法人に、日本年金機構から「怖い文書」が送られてきています。
「すべての法人には厚生年金に加入する義務があります」
「厚生年金加入は強制です」
「○月○日までに加入手続きをするように」
「しないと財産を差押えします」
「5年前まで遡って強制徴収します」
宗教者の多くが、怯え、驚き、恥と思って相談もできず、慌てています。

厚生労働省年金局の説明も同旨。
社会保険労務士の説明も「寺院も法人である以上、加入義務があります」。
(『中外日報』2015年6月12日)

しかし……

2 「すべての法人には強制加入義務がある」というのは誤り!

厚生年金保険法は「すべての法人に加入義務がある」とは規定していません!
「常時従業員を使用する法人の事業所」を適用事業所と定めています(6条2項)。

したがって、厚生年金の加入義務があるのは、「(すべての)法人」ではありません。
「常時、1人以上の従業員を使用する法人」です。

3 被保険者は「被用者」

厚生年金の被保険者は、「適用事業所に使用される70歳未満の者」です(9条)。
「使用される者」=「被用者」「労働者」です。
「使用者」=「経営者」ではありません!

そもそも、「労働者の老齢・障害・死亡に対する給付」が目的ですから(1条)。

4 「常時使用する従業員」のいない宗教法人に加入の義務はない

適用事業所は「常時、1人以上の従業員を使用している法人の事業所」です。

「常時使用する従業員」とは、次の者をいいます(通達)。
⑴ 労務の対償として賃金を受ける常用的使用関係にあること
⑵ 70歳未満であること
⑶ 週の所定労働時間と月の所定労働日数が常時雇用者の3/4以上の者

したがって、「無給奉仕者(ボランティア)」「臨時職員(アルバイト)」「時間従業員(パートタイム)」
「非常勤職員」「高齢従業員(シニア)」などは、適用外です。

小規模宗教法人の場合:
「常時使用する従業員(常勤従業員)はいない」のが実態。
そもそも「職員(従業員)」を雇用する余裕がないのが実態。
せいぜい、繁忙時・要事務時・要接待時などの「家族の手伝い」。
臨時労働・非常勤労働・不定時間労働などで、「常時使用する従業員」ではない

なお、「常時従業員500人を超える企業」の場合には、
労働時間・労働日数が3/4未満でも、学生を除き、雇用期間1年以上(見込み)、
週所定労働時間が20時間以上、賃金月額が88,000円以上なら適用です。

5 厚生年金は「労働者の福祉」が目的です

「厚生年金」とは「労働者の福祉」を目的とした制度です。
「肉体が資本である」労働者の老後・傷病後・死後の保障が目的です(1条)。
「従業員=労働者」のいない宗教法人には加入義務がないのは当然です。

6 「社長1人の会社でも適用」が法律的に正しいか?

日本年金機構の説明では「社長も従業員とみなして適用する」と言われたが……?
常識的に考えて、「社長が従業員」「社長も労働者」と言うはずがありません。
そうだとしたら、社会保険・労働法制は総崩れです!

「取締役でも、労務の対償として報酬を受けているなら、
その限度で法人に使用されている者(従業員)扱い」というのが行政通達。
「取締役営業部長」「取締役支店長」などの加入を認めるものです。
しかし「取締役」としてではなく、「営業部長」「支店長」などとしての加入。

「労務の対償(給与賃金)」を受けていることが要件。
「労務」ではない「報酬(役員報酬など)」を受けていても対象外。
「労務に従事」することが、その前提。
「労務に従事」するとは、法人の指揮命令下に置かれること。
「取締役」は法人の指揮命令に関与する者だが、
「営業部長」「支店長」などとしては、その指揮命令を受ける。
「法人の指揮命令下」にない者は「使用されている者(従業員)」ではない。
「法人の指揮命令」ではなく「法人の委任・委託」を受けた者は独立の事業主。
「法人の指揮命令」ではなく「法人から請負」をした者は独立の事業主。

「労働者の福祉」が目的の厚生年金に「経営者の加入」が義務であるはずがない。

7 「宗教団体」と「宗教法人」という二重構造

「宗教団体*」とは、「宗教活動**」を主たる目的とする団体(宗教法人法2条)。
「宗教法人」とは、
法人となった「宗教団体」をいう(宗教法人法4条2項)のですが、
「宗教団体そのもの」が「宗教法人になった」のではありません。
宗教法人は、「宗教活動」を行うことはできず、
「財産管理***」その他の「世俗の事務****」に限定されているからです(通達)。

また、宗教法人の役員には「宗教上の権限」が含まれていない*****からです。
「信教の自由」という憲法上の原則から、
「国家の法律に基づく宗教法人」には「宗教活動」「宗教上の権限」が制約。

*  「宗教団体」=「単位宗教団体」+「包括宗教団体」
「単位宗教団体」= 神社・寺院・教会・修道院など
「包括宗教団体」= 教派・宗派・教団・教会・修道会・司教区など
** 「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教科育成すること」(宗教法人法2条)。
*** 「財産管理」=「礼拝の施設その他の財産を所有し、維持運用する」こと(宗教法人法1条1項)。
**** 「世俗の事務」= 財産管理その他の業務及び事業(宗教法人法1条1項)。
*****  宗教上の機能に対するいかなる支配権その他の権限も含むものではない(宗教法人法18条6項)。

「宗教法人」の特殊性は、「宗教団体」+「宗教法人」の二重構造にあります。
「宗教団体」=「宗教活動」
「宗教法人」=「世俗の事務」
他の法人にはない原理であり、「宗教法人の特殊性」です。

8 「宗教主宰者」と「代表役員」という二重統治

宗教法人の役員 =「代表役員」+「責任役員」(宗教法人法18条1項)
「代表役員」= 宗教法人の代表、宗教法人の事務の総理(宗教法人法18条3項)
「責任役員」= 宗教法人の事務の決定(宗教法人法18条4項)
代表役員・責任役員の権限には、
宗教上の機能に対する如何なる支配権その他の権限もない(宗教法人法18条6項)。
専ら「財産管理」その他の「世俗の事務」のみ。
「宗教活動」の権限はない。

「宗教活動」は「宗教団体」。
「宗教活動」は「宗教主宰者*」が主宰。

*  単位宗教団体: 神社の宮司、寺院の住職、教会の牧師など。
包括宗教団体: 教派の総裁、宗派の管長、教団の議長など。

9 「宗教主宰者」と「代表役員」との関係

単位宗教法人の「代表役員」=「宗教主宰者をもって充てる*」(通例)
単位宗教団体の「宗教主宰者」=「包括宗教団体の宗教主宰者が任命する**」(通例)
その根本は、神仏。

*  神社の宮司・寺院の住職・教会の牧師などが「代表役員」となる(兼職)。
**  宮司・住職・牧師などは、神社本庁の総裁・宗派の管長・教団の議長などが任命する。

これを図式すると:

単位宗教団体の宗教主宰者は、
 神仏に従い、包括宗教団体の規範に基づいて、宗教活動。
 財産管理その他の世俗の事務に関して、単位宗教法人に指図。
単位宗教法人の代表役員は、
 単位宗教団体の宗教主宰者の指図に従い、財産管理その他の世俗の事務。
単位宗教団体の宗教主宰者の任命は、
 単位宗教団体の権限ではなく、包括宗教団体の主教主宰者の権限。
いわんや、単位宗教法人には何の権限もない。

最も大きな誤解:
 代表役員が、宗教活動を含む全権限を有する宗教法人を代表する。
 代表役員が、宗教主宰者を任命(雇用・使用)。

10 宗教主宰者は宗教法人の従業員ではない

単位宗教団体の宗教主宰者(宮司・住職・牧師など)は、
 宗教法人の代表役員が任命した者ではない。
 代表役員には、宗教上の支配権その他の権限はないから。
 宗教法人が雇用した労働者でもなく、宗教法人が使用する従業員でもない。
 宗教法人の事務は「世俗の事務」のみだから。
「宗教活動」は、宗教団体の目的。
 逆に、宗教主宰者が上位、代表役員が下位。
下位の代表役員が、上位の宗教主宰者を任命・使用することはありえない。

単位宗教団体の宗教主宰者(宮司・住職・牧師など)には、
 厚生年金保険法は適用されない(厚生年金に加入できない)。
 厚生年金の加入申請をしても、違法・無効であり、年金給付はない。

11 代表役員も宗教法人の従業員ではない

代表役員は、宗教法人の役員であって、従業員ではない(原則)。
代表役員が、「世俗の事務」に関して「労務に従事」なら、「従業員」。
週30時間以上、月23日以上「労務に従事」なら、「常時使用の従業員」。
その場合は、厚生年金の適用となるが、 通常、ありえない。

12 参考記事

櫻井圀郎「寺院に厚生年金加入義務ありや」『月刊住職』2015年7月号
櫻井圀郎「住職及び代表役員は労働者なのか」『月刊住職』2015年10月号